タウ関連疾患とは
アルツハイマー病や進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症、一部の前頭側頭葉変性症などは「タウ関連疾患」と呼ばれます。これらの病気では、脳の中にあるタウという蛋白質が異常な形で蓄積し、神経細胞に悪影響を及ぼすことが知られています。しかし病気によって蓄積するタウの種類や場所が異なるため、同じ「タウ関連疾患」の中でも、アルツハイマー病・前頭側頭葉変性症・進行性核上性麻痺・大脳皮質基底核変性症などは全く別の病気です。よってこれらの病気は出現する症状が全く異なり、不思議なことに、同じ病気の患者さんの中でも出現する症状が全く異なることも珍しくありません。そして、なぜタウが蓄積するのか、それが病気の原因なのか結果なのか、まだ答えは出ていません。
少し前までは、患者さんが亡くなられた後に脳を顕微鏡で観察しなければ、これらの病気を正確に診断することはできませんでした。よって、生前に確実な診断を下すことは困難でした。確実な診断ができないということは、その病気に対する治療を行う判断ができないということです。これは、新しい治療法を作るうえでも大きな障害となっていました。
バイオマーカーの進歩
ところが最近、血液や脳脊髄液を調べることで、タウに異常が現れていることがわかるようになってきました。特にアルツハイマー病は、リン酸化タウやアミロイドβという蛋白質を調べることにより、生きている間でも高い精度で診断できる段階にあります。こうした体の特定の物質を測定する検査は「バイオマーカー検査」と呼ばれます。アルツハイマー病におけるバイオマーカーの進歩は、治療薬の投与対象者の選定や、治療薬の効果判定を可能とし、レカネマブ・ドナネマブという治療薬を生み出しました。認知症に効果がある薬剤の開発は、医療におけるひとつの革命とも言えます。
課題
一方で、アルツハイマー病の進行はまだ完全に止めることができません。これには、他にもまだわかっていない病気のメカニズムがあること、薬の投与が遅いことなど様々な原因が考えられます。また他のタウ関連疾患に関してはまだ明確なバイオマーカーがなく、診断も治療も困難な状態です。
当教室の研究について
1.タウ関連疾患のバイオマーカーの開発
私たちはこれまで、アルツハイマー病の発症に強く関わるアミロイドβの年齢・全身状態や遺伝子による変化、リン酸化タウ蛋白のタウ関連疾患以外での動態を明らかにしました。さらにアルツハイマー病の強いリスクであるAPOE4遺伝子により作られるアポリポタンパクについて調べ、その分布を明らかにしました。そして、アルツハイマー病だけではなく様々な神経疾患で注目されているニューロフィラメント軽鎖が、特定の神経疾患患者の血液中で強く値が上昇していることを明らかにしました。
現在私たちはアルツハイマー病だけでなく、進行性核上性麻痺や大脳皮質基底核変性症などのタウ関連疾患に対する新しいバイオマーカーの開発に取り組んでいます。タウと一言で言っても、病気ごとに脳に蓄積するタウの種類が異なっており(図1)、その形や脳外に放出される断片の種類はさまざまです。私たちは血液や脳脊髄液中のタウの「種類」や「量」、さらには時間とともにどのように変化するのかを精密に測定することで、それぞれの病気をより正確に区別できる指標を見つけようとしています。生きている間に正確な診断ができるようになれば、適切な治療法の選択や、新しい治療薬の開発につながります。

2.タウ関連疾患の分子病態解明
なぜタウが蓄積するのか。それは本当に「原因」なのか、それとも「結果」なのか。
この問いに答えるため、私たちは培養細胞を用いた実験を行っています。タウがどのように作られ、分解され、細胞の外へ放出され、そして他の細胞へと広がっていくのかを特殊な方法を用いて一つ一つ検証しようとしています。実験と、統計学的モデリングを組み合わせることで、タウ関連疾患の分子病態を培養細胞内で再現できる可能性があります(図2)。これにより、どのようなタウ蛋白が、どのように細胞に悪影響を与えるのかを解明することで、将来の創薬の基盤構築や病気のメカニズム解明を目指しています。

3.臨床医の立場から、神経難病の克服を目指す
もちろん、これには多大な時間と地道な努力が必要になりますが、その統合こそが、神経難病を克服するための鍵だと信じています。

海外研究拠点(Washington University in St. Louis)との連携
当教室では、タウ関連疾患の病態解明およびバイオマーカー開発を推進するため、米国ワシントン大学セントルイス校(WashU)神経内科との共同研究を推進しています。同大学の神経学分野は、2022年のNIH研究費獲得額で全米1位を記録するなど、世界トップクラスの実績を有しています。このように当教室では、国際共同研究を基盤として、研究力と臨床力を兼ね備えた人材の育成を推進しています。
まとめ
タウ関連疾患は未解明の部分が多く残された領域ですが、診断技術と分子解析技術は確実に進歩しています。様々な最先端技術を導入・活用しながら、「なぜ起こるのか」「どうすれば止められるのか」という本質的な問いに真正面から挑み続けています。将来にわたって国際的な共同研究を継続し、世界最前線の知見を日本へ還元するとともに、タウ関連疾患の克服に貢献したいと考えております。
